あなあっぱれ! 言霊で暮らしのアセンション⬆
家族なかよく元氣にしあわせを♪
言靈あっきぃです
今日の夢見るワークは、なんと光栄なコトに合氣道の開祖植芝盛平さんの夢をみました。
植芝さんは写真で見たようなお姿で、身体は小さいのですが、雰囲気が大きいので、そんなに小柄な方に感じられませんでした。
夢の中では、何やら上等な木の箱のつくりの解説や、手触りのよさについて力説されていましたので、まだ合氣道は教わっていません(笑)
それにしてもさいきんの偶然の数々。
夢に植芝さんもあらわれ、熊野権限、 サマートクラマ…心当たりのある場所へすごく呼ばれている氣がします。
そうか、フトマニを背負うとは、そういうことなのかと感じる今日この頃。
今年最後のコラボを最後に、しばらく孤高の道へと入ろうと思います。
そんな風に思ったのも、いろいろなことが重なったからで。
大きなキッカケは、トコチャンから聞いた話しでした。
その話の真摯をネット調べてもわからなったのですが、アワウタ絵本を作っていた方が身体を悪くして亡くなったそうで、その方の最後の遺言が、
「わたしが間違っていた、わたしが書いた絵本をすべてあつめて燃やしてくれ」
だったそうです。
アワウタを降ろした神々というのは、世のもとからの生き神(自然靈、龍神)で、人類へヒカリを伝えるタメたいそう苦心してアワウタを現世へ降ろされたようです。
神界(神、天使の住む世界)→幽界(死後、生前の世界)→現世
ですので、アワウタ本来の意図から外れることを伝えることは、人類へのヒカリを閉ざすこと(岩戸閉め)にもなってしまうので、アワウタ絵本の作者は、岩戸閉めの雛型(原型)として、 「ご苦労さま、もう一度はじめからやりなおしです」と神々から夢の中でメッセージをもらっていたのでは?と、推測されます。
ぼくの考えですが。
そんなことが何となく分かってきて、見えない世界のシンプルなゆえの恐ろしさに身が引き締まる思いもしています。
ある処まではたのしむことが大切ですが、ある処から先はたのしいだけじゃ進めない。
魂的にたのしくはあるのだけど、真摯にマコトを求める思いが必要になってくるのだと思います。
ぼくの本質は変わらず、みんな大好きなあっきぃだけと、それだけじゃ、この峠は越えられない。
ここから先に進むなら、イノチを懸ける覚悟がいると、 偶然の重なりがぼくに教えてくれているようです。
だからぼくは、ぼくなりのマコトを、ぼくとご縁のある守護者とともに学んでいこうと決心しました。
さいきんいろいろあって、まだまだぼくは自分のことばかり考えていたのだなと反省しました。
誰かのためにぼくができることを考えていると、一つのことが浮かび上がってきます。
それは、神を全く信じていなかった、逆に恨んでいたすらいたぼくが、その神というものを、少しずつ信じるようになった道筋、神を信じるようになって良かったと思うことを、ぼくのリアルな人生ストーリーを通しご縁ある方々へもっとお伝えしていけるのではと、改めて思います。
これもお役に立てばさいわいですが。
ぼくが思うサニワ(ほんまかどうか確か目が何度か必要、最初はちょっと距離を置いた方がよい人 )で、氣をつけた方がよい人は下記の人です。
みだりに神の名を唱える人。
みだりに神の名を唱えることは、おごり(すべて自分のみの力で事が成就している)いう心のすき間に「魔」が入ってきている可能性があります。
神の名を連呼している人がいたら、氣をつけて下さい。
自分がそうかも知れないと氣づいた時は、胸に手をあて、すべての神の名を合わせた御神名「大日月地大神(おおひつきくにおおかみ)守りたまえさきはえたまえ」を三回お唱え頂くとよいです。
※すべての神の名とは:北海道、東京、名古屋、大阪、沖縄などの47都道府県をまとめて“日本”というようなもの。
そんな たいそうなことを書かせて頂いていているぼくも、まだまだ未熟ゆえ、怒り寂しさなど感情の揺れがあるとまんまる言葉ではなく、トゲトゲ言葉を使ってしまう場合もあります。
そんな時はすいません。
あっきぃもまだまだだな~と、広く心を構えお許しいただけるとさいわいです。
長文になりましたが、最後までお読み頂きありがとうございます。
こんなぼくですが、今後ともお付き合い頂けるとさいわいです^^
あなた様の人生に
よりおおくのヒカリが降りそそぎますように
あなあっぱれ、あなさやけ~
星と太陽と月と地球の子
言靈あっきぃでした♪
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アワのミチ
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